25.1.9
私の大好きな西國寺さまの記事を拝見することが出来ました (*^-^*)

広大な敷地内には、沢山の皆さんがいらしていたのでしょうね。
週末に開催の年を見付けて、是非とも拝見をさせて頂きたいと存じます。
25.12.21
昨日、ひと月ぶりに尾道に参りました
随分とご無沙汰してしまった様な感じでした。
今回は、今まで幾つもの寺院、神社さんを拝見させて頂きましたが、ちょっと気になっていた3か所のお寺様を。(*^-^*)
お寺巡りをするには、やはり穏やかなお天気がベストでしょうかね、後は桜と紅葉の時期も。
ひと月前と比べて市役所西隣のP・・・・これまでは入庫待ちの車列が並ぶ姿を拝見したのですが、今回は程々の空き場所が目立ちました。
(iPhone)
| 自宅を出発した頃、霧雨が降っていまして💦 | 次第に雲が切れて来てホッと安堵しました | この場所が一番、心休まる思いが致します | 市役所の館内にて、時に休憩させて頂いていますm(__)m | 窓越しの景色が素晴らしいですね! | |||
| 天寧寺様、これまでいつも裏から参りまして、今回初めて正面口から (*^-^*) |
鉄道線路をアンダークロスする参道、何だかドキドキ 思わず萌えますね💛 | これ程線路が頭上僅かな所に在るなんて!それもノーガードで線路むき出し状態のまま💦 | 日立造船(株)向島工場 のお洒落な刻印発見!(*^-^*) |
ご立派な正面入り口ですね |
|||
| 尾道に在る古刹...大変にご立派な歴史をお持ちですが当寺院もですよね | 初めて千光寺から降りつつ三重塔、そして重厚な本堂のお屋根を拝見しましたが ・・・ | 帰宅後、2つは同じ寺院の敷地内に在った事を知り驚嘆致しました! | 上方の寺院さんと比べるなんて不遜な事ではと 存じますが、私は当寺院様の方が・・・(*^-^*) |
本堂の誠に壮大な造りに 外でビックリ・・・そして |
前回訪問時には扉を開ける勇気が無くて入ることが出来ませんでしたが | 今回は意を決して、中に入らせて頂きましたが堂内の造りに再度ビックリ! | 賓頭盧(びんずる)尊者さま、頭と膵臓辺りを触らせて頂きました |
| こちらも初めて入らせて 頂きました五百羅漢さま |
これは凄い!信仰心ゼロの罰当たりな私でも何か感ずるモノが有りました | 入り口の2層の山門、とても美しいですね | 私は両端の破風板と懸魚 を眺めるのが大好き なのでした(*^-^*) |
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| この時期に・・・何と牡丹の花が咲いているでは有りませんか~! | やはり千光寺さんが一番でしょうかね、でも私は本堂まで行ってません | 信行寺様は唯一ではないでしょうか?入り口は一か所のみ | 先の天寧寺様とは違って鉄道線路を渡って(オーバークロスして)本堂へと進みます | 条件反射…と言えば宜しいのでしょうか。必ず左右2方向を眺めちゃいますね | 尾道旧市街地は極端に平野部分が少ないので山陽本線は山際ギリギリに線路の敷設を。結構キツイカーブが左右に連続しています | ||
| 線路からはかなり上がった所に本堂が。ですので列車走行音が意外と小さいのですよ | 踏切と本堂との中間地点に墓所が広がっています。高名な方々の墓所もお有りとの事 | 若干手狭感ある敷地ですが、コンパクトにまとめ上げておられますね(*^-^*) | ネコちゃんのオブジェが。尾道市内にもネコちゃんがあちらこちらに | コダワリ感を・・・ | |||
| 本堂とは反対側の南方向は視界が効き爽快ですね | 最後は西國寺さまです | ここから東方に在る浄土寺さまとは双璧ではと 私的には感じます |
でも正直な所,私はこちらのお寺さまが最も好きです 寺院としての宗教的な価値は?ですが�m(__)m |
小高い丘の麓~頂上に至る所に建つ 伽藍の素晴らしさ&そこからの眺望の美しさに見入ってしまうのです | 広大な敷地内は未だ私は存じ上げ無い㊙なareaが多々在るかと存じます. これから探訪をさせて頂こうと! | ||
| 向こう側・真正面には市役所の建物が見えますが、あちらの屋上階からもハッキリとこちらが見られます | 三重塔は色々な方角からご覧になれますが、何処から拝見しても心躍ります | 敷地内には各所に桜の樹が植えられていまして早春がとても楽しみです |
金堂ですが3方向から拝見して異国情緒も感じる,とてもステキな建物ではと. 内部は一体どのように? |
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| これ以降7枚の画像の順位が違ってしまいました、誠に申し訳ございません | 入り口の仁王門前です | ||||||
| 私の背後には三重塔が。この地点に来る迄(運動不足の私が前回参りました時にはに)大汗まみれに.でも 爽快感で満たされました |
帰りに、もう一度金堂の正面像を拝ませて頂きました |
(FinePix F900EXR) ミラーレス機2台を持って行くのは、もうガッツが有りませず💦 望遠側はコンデジに致しました
| 尾道市役所・屋上階ですが全周見晴らし◎です | 対岸の向島には幾つもの造船所が有り、島内には24hハローズ、地元福山発祥のエブリイも!便利ですよ | 尾道渡船:向島側 | 同渡船:本土側 | 幾つかの利用されなくなったフェリー桟橋が残っています(今もお遣いでしたらごめんなさい) | |||
| 千光寺山全景です | 千光寺、ロープウェイ、 頂上展望台等など |
向かって左側端っこ: 天寧寺三重塔&本堂 |
尾道渡船、謎の航路:尾道水道の潮目を利用して省エネ運航を! | 備後商船 ニューびんご 自転車の積載もOKなステキな高速船ですね |
先程とは反転後、向島に到着しました | ||
| 天寧寺本堂(半分、切れちゃいました💦)と三重塔との位置関係です | 手前が福善寺、背後には 御袖天満宮 |
向かって左が御袖天満宮、右は大山寺 | 西國寺です | 浄泉寺で。有名なご住職 さまみたいですね 右後方は亀山八幡宮 |
西郷寺です | 浄土寺です | |
| やや左寄り上方に浄土寺山展望台がございますが、いつか是非とも訪問を!と | こちらの方に天寧寺・全景が写っています。この辺り一帯が寺院の敷地だった・・・さぞや荘厳な雰囲気だった事でしょうね | 同アングルでスマホでも撮りましたが、雰囲気は違ってますね💦 |
この辺りから通り雨の勢いがやや増して来て💦 早々にLumixは退避させて多少、濡れてもOKなコンデジ登場です |
広い境内&そこから眺める事の出来る景色。チョット雨降りが気に掛かり先に 三重塔へと 急ぎました |
枝垂れ桜の樹でしょうかね?春が楽しみです | ||
| 大師堂をはじめ各々の 建物の解説はこちらに : 下方にscroll願いますm(__)m |
大昔のコンデジとは申せ 望遠機能は侮れません でした💦 |
ついに拝むことが出来ました\(^o^)/ | |||||
| 西國寺・最高地点からの街の眺めです | 左:亀山八幡宮。 右:浄泉寺です |
尾道市役所ですが、屋上階は広くて見通し抜群です | 境内に戻って参りましたが、ようやく小雨も収まりました |
(Lumix+SIGMA 8-16mmDC)
25.12.13
Windyの存在を知って・・・・偶然にも、その1週間後、尾道水道の潮流の㊙を目の当たりにしたのでした
動画は全くのド初心者でして💦
一体、iPhoneに表示している動画の録画方法なんて全く?でして。更には、その録画したモノの最低限の編集なんて益々??でした。
まあ~何とかかんとかfileが出来上がりましたが、拡張子を表示させても全く?・・・・検索しましたら.movなのでしょうかね?
一応、そのfileをMP4に変換をしましてヤレヤレでした。
MP4fileを直接upしますと, Firefoxのみ表示可でしたがChrome等では×でしたのでYoutubeに m(__)m
何気にスマホの画面を見ていましたら、干潮→満潮の途中で急に潮の流れが正反対の向きに変わったのには、ビックリでした。
きっと理屈が有るのでしょうが、今の私は唯々???…のみであります。![]()
25.11.23.2
3つ目の渡船(25.3廃止)・・・の事を知りました

☝福本渡船さんのルートを追記させて頂きました。


とても有名だった航路だったのですね、本年3月で廃止になったとの事。
135年の間、地域の皆さんから愛されて来たのですね・・・・
ちなみに3航路の中で一番、大型のフェリーだったのではないでしょうか?
これまでの動画の中で”あの大きなフェリーは、何処を走っているのだろうか?”・・・何度か疑問に感じたのでした。
向島~尾道市街地との間には立派な自動車道が2本出来ましたが、やはり最短距離&最短時間で(車を運転なさらない方も含めて)行き来が可能なこの渡船ルートははなくてはならない公共交通路ですね。
追伸:福本渡船の情報検索を致して居りますと、下記の情報を知ることが出来ました。
◆石崎桟橋(丸一桟橋)
四国航路の石崎汽船が発着した桟橋で、福本渡船の桟橋と重なる。
桟橋は別名「丸一桟橋」とも呼ばれ、これは石崎汽船の〇に一のトレードマークに由来する。
1894(明治 27)年に就航した石崎汽船の尾道航路は、鉄道と連帯運輸をする鉄道連絡船として知られ、1969(昭和 44)年には尾道―松山航路に水中翼船も就航した。
私事で恐縮ですが、愛媛出身の私。昭和50年の頃、高等学校の教員をしていた父の勤務先が(しまなみ海道の通る)伯方町内・伯方高校でして。
当時、大阪で生活していた私は帰省時には伯方島に。
ちなみに愛媛から大阪に行くには国鉄予讃線~宇高連絡船~宇野からは宇野線・山陽線経由が一般的でした。
でも伯方島からは今治~尾道フェリーを利用して尾道駅に行っていた記憶が有ります。
フェリーを降りたらすぐ前が尾道駅でしたが、ひょっとしたら石崎桟橋に降りていたのかもしれませんですね。(*^-^*)
25.11.23
尾道水道を東西に流れる潮流に対して、南北に縦断する渡船・操船術の凄さ!

私が昨日、尾道渡船の操船術に度肝を抜かれたのが正にこの動きでした!
☝動画撮影時と昨日・午前8時過ぎの潮目を比べてみましたが、ほぼ同じ状況と考えて宜しいのでしょうか? ☟昨日の場合は,約40分弱時刻が繰り上がるかと思います


瀬戸内海各地域での潮目の向きですが、なかなか難しいですね。
燧灘辺りで左右の潮目が衝突している様に見えてしまうのですが、実際にはどのような状態になっているのでしょう?→AIに質問をしてみました(*^-^*)
☝私が間違っていますね、潮目では無くて”潮流”ですね m(__)m

ちょっと長いのですが・・・・m(__)m

25.11.22
尾道に参りました時には、いつも対岸に見えている向島でしたが、ついに行ってみました

向島へのアクセス:
向島は尾道本州側と海上道路橋「尾道大橋」としまなみ海道の「新尾道大橋」、そして3社の尾道水道渡船業者、および2社の海運業者によるフェリーの運航で本州本土と結ばれています。
地理的には、尾道水道と呼ばれる幅300mほどの海峡で尾道の南対岸に浮かぶ島なのですが、見る場所によっては川を挟んだ対岸にも見えてしまいます。
向島は地理的、経済的にも尾道の一部として機能しているといえるでしょう。
今回の訪問で強く感じた事ですが(島民の方々には大変に失礼な事を申します)・・・・”こんなに便利な所とは思ってもみませんでした”
(D800+55-200mm)
(iPhone)
ちなみに向島への航路には以下の通り3か所有りますが、主なものは2つです。

今回、行きは尾道渡船(土堂→兼吉)そして帰りは駅前渡船(富浜→駅前)を利用致しました。

残りの歌フェリーの航路は以下の通りです。


向島地区の人口についてですが、平成 27 年(2015 年)現在で 22,877 人とのことでして、何と尾道市全人口の18%にもなります。
島内には豊かな自然と歴史的な資産が数多く残っているようですね。

ところで瀬戸内しまなみ海道ですが、サイクリングロードとしても有名でして。
その本州側の出発点となっている尾道市では、本格的なサイクリストの方々の姿を拝見します。
更に一般の観光客の皆さんにも気軽に自転車の楽しみを味わって頂ける様に、各種のイベントが開催され市内にはレンタサイクルのお店が整っています。
向島にも(特に駅前渡船の乗り場には)自転車に乗られた方々が大勢、いらっしゃいました。(*^-^*)
向島全周を楽しむ場合は車が必須ですが、尾道水道に面した地区を楽しむには(所々、狭い道が有りまして)自転車がベストではと思いました。
何よりも、その地域の雰囲気を直に感じることが出来ますよね。
25.11.8
今朝は県北の街から中国道で、三次から松江道に乗り換えて尾道に参りました
ナビは順調に案内してくれたのですが、らじるらじるは途中でstop・・・・深山の連続をトンネルで潜り抜ける最悪のネット環境ですので、しょうがないですね💦
今回は、これまで訪問していなかった寺社を!

訪問すると申しましてもアンアンなんて殆どしません。
境内に入って落ち着いた雰囲気かどうか?
建物は豪華に越した事は有りませんが。華美になり過ぎてはいないか?
今回、若干のお寺さまで感じた事ですが・・・・サイドビジネスに力(りき)が入ってそうな雰囲気の有無は?
本堂等の建物って個人or 宗教法人の持ち物でしょうから、別に何しようと勝手でしょうが。・・・・私的には即,興ざめですね![]()
(iPhone)
| 千光寺道、同新道から行き着くことが出来ず?だった信行寺さまです.国道側から行く道しか有りません | 国道側の階段を上がった所に踏切が.丁度警報機が鳴り始め待っていると遮断機が私の後ろ側に降りてきてビックリ! | 何と、知らぬ間に踏切内に入り込んでいたのでした。 人家、お寺の目と鼻の先を 左右に急カーブしつつ爆走する電車💦💦 |
この長い階段が唯一のルートです。でもかなり上りますので鉄道の喧騒は気になることは無いですね | 今,上って来た石段を何気に振り返ってみますと意外な高さに,思わずフラッと💦 平衡感覚が狂っているのかも? 登山なんて絶対無理ですね |
境内からの眺めは良好です。静かで心、癒される思いです | |||
| お庭の中には,お心の籠ったおもてなしが。こんな感じが私は好きですね(*^-^*) | 大変にご立派な寺院の福善寺さまです | 透かし彫り、圧倒されますね | ||||||
| 珍しい時宗の常称寺さまです | 先日のAIからの資料で修復工事への補助金額を拝見致しましたが,やはり相当額を要するのですね | 同じ時宗の西郷寺さまとの共通点・・・屋根の反りがとても美しいと思います。 本堂全体がsimpleですね。(*^-^*) |
いつの日にか梵鐘の復活も・・・ | |||||
| 本堂の扉が開いていまして。初めて寺院の中、そしてご本尊様を拝見しました | 天井画が描かれていてビックリ仰天しました!! | 朝の清掃,私が居たのでお待ち下さっていたのですね,相済みませんでしたm(__)m | レンガ積みのトンネル内壁(下り線側のみ)上りの側はコンクリート壁です | 久保八幡神社(亀山八幡宮)さまです | 西隣の浄泉寺の華麗な本堂です | |||
| 久保八幡神社 (亀山八幡宮)さまです |
高御倉神社さまですが、帰宅後にその技を存じ上げた次第です | 拝殿から奥の 本堂の方に・・・ |
本殿の造りがご立派だと思いましたが,木立が生い茂っていまして💦 | またまたお隣の浄泉寺さまのご立派な本殿の姿が。 | 神社さま境内から鉄道、道路を渡った所に御門が有ってビックリでした! | |||
| 更に境内から離れた所に参道の鳥居が。元々は広い神域だったのでしょうね | 八坂神社さまです. 元々は常称寺さまの境内に有ったとの事. 各地に同様の事象が有るようですね | 鳥居の右にある”かんざし灯籠”偶然に知ることが出来ました | 悲恋が絡んでいるの ですね・・・ |
尾道祇園祭三体廻し、賑やかなお祭りなのですね(*^-^*) | ||||
| そこから南側の地区、昭和の息吹を感じることが出来ますね・・・ | 出発地点の尾道市役所・屋上に戻って参りました | 帰り道、西隣の三原市・フジグラン三原で寄り道を たこ楽天さまです |
||||||
(Nex7+AF-S NIKKOR55-200mmG DX)
Nikonの一眼2台を持っていくガッツが有りませず、手抜きしちゃいましたが大失敗でした💦 超ピンボケの画像をup致しますが、ご容赦下さいませm(__)m
| 常称寺さま本殿の屋根をupで撮らせて頂きました | 市役所屋上からの市内の眺望です | 浄土寺さまです。大変にご立派ですね | 学校体育館の右奥に在ります西郷寺さまです | |||||
| 沢山の石段で大汗を.でも最後に見た素晴らしい景色が印象的でした西國寺さま です |
左手前が福善寺さま、そして中央奥に御袖天満宮さま。そして右手前が大山寺さまです | 奥側に妙宣寺さま、その右手前に慈観寺さまが。 | 天寧寺さまの三重塔と(少し離れて...元々は同じ境内でした)本堂です | 天寧寺・三重塔と千光寺 さまです |
千光寺山ロープウェイです |
25.11.7
只今、AM4:30 。昨夜、超早寝しまして…夜半過ぎに目覚め、そのまま活動しております(*^-^*)
昨日、思い出した事なのですが、尾道市の西隣の三原市・三原港の思い出です。
過日、三原訪問の感想を書かせて頂きました。
三原市には、過去、三原神明市に参りました以外には本年7月19日の訪問くらいでしょうか。
これまで三原港の前を通り過ぎることは有りましたモノの、港内まで入ってみたのは7月の時が本当に久しぶりの事でした。
昭和50年代の頃には今治(伯方島)~三原港の利用を定期的にさせて頂いていましたが、その頃の港の賑わいぶりと現状との余りにもギャップの大きさに驚嘆しました。
瀬戸内しまなみ海道の全通により、格段の利便性を得ることが出来ましたが、その裏返しに愛媛~広島間の定期海上交通路は見るも無残な結果となってしまいました。
三原港内・・・フェリー桟橋の数が減ったのでしょうかね。(そして現在は全廃?)・…その事だけしか気付かなかったのですが。
昨日、三原市内の土産物の販売店舗を検索していましたが、偶然に三原フジグランさんの周辺地図を拝見。
そして、その東側に広がる広大な跡地?・・・・を知る事となりました。

全く、これまで気が付いていませんでした。

(☝向かって左半分にはメガソーラー発電所が数年前から営業開始)
今治~三原港のフェリー、高速艇を利用していた頃の思い出ですが、三原港の桟橋を出発して(外海に出るまでの)数分の間は、低速運行していましたが(港とは反対側の)対岸には大きな工場が沢山、建ち並んでいた記憶が蘇りました。
でも今から20数年前、帝人三原工場が撤退して広大な空き地になっていたのですね💦
当時、三原港→JR三原駅までの商店街、とっても活気が有りましたですよね。
現在は綺麗な近代的な街並みに変身しましたが、当時の賑やかさは・・・
ちなみに三原港前の道を走る車が減ったのは、2号線のバイパスが全通したのが理由ですね。
25.11.2
尾道市内の寺社、幾つか拝見をさせて頂きましたが、幾つかの疑問を感じました
今回は重要・建築物の修復に関して。
数年前からひょんな理由で、毎週末になると広島県廿日市市 宮島にお伺いさせて頂いていました。
それ程、崇高な目的が有る訳では有りませんで、単に(私が子供の頃に生活していた)愛媛の”とある海辺の僻地”を思い出すことが出来る事、下手くそな写真撮影の題材が山ほどある・・・という全く他愛もない理由からでした。(*^-^*)
別の項でも書かせて頂きましたが、不謹慎では有りますが私は信仰心はございません。
まあ~私はもう70歳直前になりますので、お寺さまには遅かれ早かれお世話にならねばなりませんですが・・・・💦
こうして宮島に通い続けて来たり、今回新たに尾道市内の寺社巡りを始めたのは(信仰心を全く無視する訳には参りませんが)単に寺社建築の美しさ&地域の方々との関わり方に興味を覚えたからです。
今回幾つかのお寺さまで、歴史的にも価値のある素晴らしい建物を幾つか拝見をさせて頂きました。
正直申しましてかなり傷みが激しいことは否定出来ませんですね。その点で申せば宮島は完璧に近い状態で修理、修復が実施されています。
極論すればほぼ年中、厳島神社界隈の地域では宮大工さん、寺社建築専門の業者さんの車を拝見致します。
一体、この違いは何故なのか?・・・・AIに問うてみました。色々な理由が有るようですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

宮島は正に破格のsupprt体制が敷かれているのですね。
でも、これは稀有な存在なのでしょうね。国内の大多数の寺社さまでは、それぞれの宗教法人が主体的に申請~建設計画の実施まで行う必要が有りそうですね。
何よりも想像を絶するような建設資金の準備・・・いくら各種の補助金を利用するにしても莫大な自己資金が必要みたいですね。
昨日、浄土寺さまの多宝塔を拝見させて頂きましたが、やはり傷みの度合いはかなりのモノがございますね。
ちなみに宮島にも多宝塔がございますが(前回の修理時期、私は存じません)・・・・数年前まではかなりの傷みが伺えました。
今回、徹底的な修理・修復(建物全体を完全に覆うように足場が組まれ養生シートで覆われていました)・・・・建物の大部分が分解・修復が施された様でした。
先月、2年余りを要した修理を終えてお披露目されましたが、正に新築同様の美しさでした。
私の大好きな蟇股(かえるまた)に関しては色落ちが酷かったのですが、修復後は素晴らしかったです!(*^-^*)

立派な建築物を拝見するだけで感動してしまいますが、その維持には並々ならぬ寺社さまのご努力のお蔭であることを再認識させて頂きました m(__)m。
25.11.1
先週の失敗に懲りて(自宅近辺の天気予報だけでは無く)尾道の予報もチェックしてから参りました
残念ながら尾道地区は今日も、明け方~午前9時頃までは☂の予報が出てまして・・・・でも、その後の天気回復に一途の望みを掛けて!(*^-^*)
8時前に尾道市役所Pに到着しましたが、既に雲の切れ間から薄日が刺し始めていました。\(^o^)/
今日は浄土寺とその近くのお寺さんを拝見したいと考えていました。
(iPhone)
| 雨雲が退散して青空が広がって来るって爽快ですよね. 眼下の市役所P,お昼前には満車状態に💦� | 千光寺山の全景・・・ここから拝見するのが大好きです. 市役所屋上だと全周を見て回れます | 海岸通りを東に進みましたが、実はここに30数年前、仕事で何度か来た事が有りました | このアングルからの画像、よく見掛ますが浄土寺さまの入口だったのですね | 浄土寺さまですが重文、国宝とご立派な建築物で素晴らしいですね | ||||
| 境内には沢山の鳩が飼われていますが足利尊氏公との関係初めて知りました | ||||||||
| こじんまりとした西郷寺さまですが、とても心休まる思いが致しました (*^-^*) | このアングル・・・惹かれちゃいました。桜が開花する頃に是非とも再訪を。 | |||||||
| 本堂の内部はどうなっているのでしょうかね? | 西国寺さまの姿を拝見することが出来ました。上りの石段が多くて大変でしたが眺めは素晴らしかったです | 国道2号線に面したバス停。限られたspaceの有効利用法. 素晴らしい! | 素敵な眺めですが、街路樹の紅葉が始まりました。もう11月ですものね |
(D800+55-200mm)
| 尾道市役所の屋上、北側に移動して東の方から西向きに撮影を.... | 浄土寺さま・・・・ | 西国寺さま・・・・ | 千光寺さま・・・・ | 左下に 天寧寺三重塔 |
千光寺山(千光寺公園)の全景 | 市役所の屋上、今度は西方を・・・ 対岸の向島には幾つもの造船所が有ります | 尾道市街地とは渡船、フェリー、バスで結ばれています | |
| 私は蟇股(かえるまた)が大好きです(*^-^*) | ||||||||
| 浄泉寺さま・・・ | ||||||||
| 道の駅 "みはら神明の里"からの 三原市街地風景です |
||||||||
(LUMIX S5+SIGMA 8-16mm F4.5-5.6)
25.10.25
3度目の尾道へ! 今回、初めて私の🚙を使って
自宅を出発した時には☁・・・・でも尾道市内に入るなり☂☂に見舞われてしまいました![]()
昨日から天気予報site‥・しつこくチェックしまくっていたのですが�、今日の午前中は☂の心配は無いとの事でして。
それを信じて、今朝の最新情報は再チェックしていなかったのでした。
| 瀬戸内海沿岸側には雨雲の塊が💦 これからは雨が降ったり止んだりの繰り返しみたいです | 市内観光&撮影は諦めましてええじゃん尾道さんの所でお買い物を | 岡山のブドウ、鳥取の梨、そして広島のレモン....沢山の果物が有ります | 手造り工房のパン類...沢山有り過ぎまして私は迷うばかりでした💦 | 開店後間もなくの時間帯ですが、農家さんが採りたての新鮮なお品をを並べておられました | 野菜、果物類は全く手出しが出来ませず、このようなモノを💦 |
これまでの2回の訪問で千光寺~西国寺周辺を歩いて参りまして、今回は浄土寺&出来れば展望台迄を回ってみようかと思い描いていたのですが、水の泡と帰してしまいました![]()
ちなみにこれまで三原の時もそうでしたが、行き返りにはJRの利用で両市内の観光は、ひたすらの徒歩でした。
歩くメリットは、その地域ごとの細かな雰囲気を感じ取ることが出来ますが、いかんせん市内中心部から少し離れた場所まで歩くのは難しくて💦
その点、車ですと守備範囲が拡大出来ますよね。それにクソ重たいカメラ類も車だと最小範囲内でのみの運搬で済みますものね。
こうして楽する術を知ってしまいますと、もう元には戻れなくなってしまいそうです
ちなみに↓福山本郷道路・・・・尾道~三原の国道2号線バイパス、初めて走ってみましたが非常に快適でした。
何よりも(少し高台地域を走っていまして)瀬戸内海の美しい景色を楽しむことが出来ました。

しかし、三原市内でバイパスが終了して(従来型の)国道2号線の道となりますが、そこから西方の三原市・本郷地区(平日の朝夕の交通量は存じませんが)になると車の通行量はグッと減少して参りました。
そして本郷地区から西方の竹原市、そして東広島市との境目辺りになりますと更に交通量も減り、結構な勾配区間(東広島市は標高が200m少々の盆地です)が続きます。
地元の方々には非常に申し訳ないのですが・・・果たして高規格のバイパス道路、今以上に西方への延長はどうなのだろうかと?痛感した次第でした。
ところで↑地図でご覧の通り・・・尾道市、三原市の場合(福山市とは大きく異なり)、瀬戸内海沿岸地区の主要道路と(山間部を通行する)山陽自動車道との距離がかなり離れていて、若干不便な点があるのではないでしょうか?
一方、本郷地区から西方は市内中心部のやや北側を山陽自動車道が走っており(有料では有りますが)国道2号線のバイパス的な使い方が出来ます。
道路事情に関して、広島県西部と東部とでは、こんな点からも違いが有るように思います。
25.10.22
尾道市を含む広島県東部地区・・・よそ者の私のホンネです
尾道~広島を直結する「福山本郷道路」はどこまでできた? 未開通区間「三原~本郷」
約30年前に愛媛県から広島県に越して来た私。それまで広島とは全くのご縁は有りませんでしたが、唯一広島市内に数回の日帰り観光に行った程度でした。
東広島市内の私の職場で、スタッフさんのお話し「広島市と福山市とは仲が悪いのよ、そして広島市と呉市ともね・・・・」に驚嘆したのでした。
初めそのイミが理解出来なかったのですが、そのうちに”そこはかとなく”判って参りました。
広島市と福山市との件は廃藩置県に拠る地政学的な理由に拠るモノではと。
そして広島市と呉市との件は・・・・ちょっと、ビミョ~でして、よそ者が云々申すのは差し触りが有りそうですのでね💦 ちなみに今回は、こちらの件はスルーさせて頂きますね・・・・


http://yuquihiro.blog118.fc2.com/blog-entry-1.html
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/99/1171591149316.html
広島、岡山以外の方々には?・・・な内容で申し訳ございません。
要は明治になってから、それまで備後国だった地域が広島県(安芸国)に編入されてしまった事も一因なのではと愚考する次第です。
地元・主要紙の中国新聞さんの場合は広島県内を幾つかの地域に分けて、それぞれの情報をきめ細かくupされていますが、特に福山地区には配慮がなされているのではと?
一方、テレビなどはどうなのでしょうかね?
ぶっちゃけて申すならば、私的にはわざわざ福山地区に出向く必要性はゼロでして。完全に広島市を中心とする生活圏にドップリと浸かり込んで参りました。
ちなみにこの30年間に福山地区には一体、何回行ったでしょう?・・・・さすがに10回は越えているかなと。勿論、高速道や新幹線での通過は幾度も。
大変に失礼な事を申しますが、福山地区は(私には)”隣りの県”的な感じ方を致して参りました。
でも、同じ広島県なのにこのまま全く町の姿も知らないままで過ごすのは、何だかとても失礼過ぎるのではと思いまして。
ほんの少し前から三原市、尾道市を見て歩くことを始めた次第です。さっそく幾つもの新しい発見をすることが出来ました(*^-^*)
前置きが長くなってしまい申し訳ございません。
福山本郷道路にお話しを戻しますね。(*^-^*)
先ずは広島県内の道路地図ですが・・・

(三原市、尾道市も含めた)福山地区ですが、各市の中央部を東西に貫いている山陽自動車道のICを降りて周辺地域を走った事は有りません。
大部分は(福山市を除いては)瀬戸内海沿岸に沿った地区を走るのみです。ですので福山地区の各町の様子はごく一部の場所しか存じません。
ちなみに、これらの地域は江戸時代からの西国街道が沿岸地域の町々をつないでいましたので、市街地もそれに沿った地区を中心に発展して主要道路の国道2号線も同様に。
そして主要道路の慢性的な渋滞緩和の為に新規格での道路建設が行われて来ているのですね。

要するに福山本郷道路(三原~本郷区間)・・・が未だ具体的な計画が発表されていない?ことが問題みたいですね。
こちらに”福山本郷道路 三原~本郷の進捗度は?”に関する情報がupされています。
先にも書かせて頂きましたが、三原市内、そして尾道市内の中心部を歩かせて頂きましたが車の通行量の少なさに当初、ビックリ致しました。
帰宅後,両市内の道路地図を拝見しまして既にバイパス道が運用されていることを知った次第です。
☝工事計画すら決まっていない三原~本郷区間に関しましては(最初にご提示させて頂きましたが)備後国と安芸国との境界部分と一致する(単なる偶然かもしれませんが)・・・のではと思うのでした。
素人の私には?ですが、色々な問題が絡んで来るものかもしれませんですね
ちなみにJRに関しまして、少し前にビックリした事が有るのですが。
同じ広島管内でも2つの区域(白市駅を中心とする東西、そして糸崎駅を中心とする東西)で列車運用を区切っていることでした。
白市駅より西側(広島市方面)は頻回の電車本数が確保されているのですが。そこから東方面(特に三原駅まで)は極端に便数が減る事でした。(単に私が知らなかっただけなのですが💦)
まあこの件に関しては行政との関係なく、JR社さまの経営方針故の結果だと理解致しています。でも利用者側から申し上げるならば不便極まりない事ですね。
今、尾道市内を少しずつ歩いています。お寺に関しまして広島市周辺(かなりの広範囲)では殆どが浄土真宗さんですが、尾道市では色々な宗派が在るのですね。
私の出身の四国には真言宗さんが多いのと同様に過去の歴史的な経緯が関係しているのでしょうか、ちょっと興味を感じます。
そして、これは私自身の勝手な思い込み?かもしれませんが広島市内を歩くときと、何かが違っているようなステキな雰囲気を!・・・そんな気が致します(*^-^*)
25.10.13
尾道市にはたった2回、お伺いしただけの事ですが。
特に印象深かった3つの寺院について記させて頂きますでしょうか(*^-^*)
1.天寧寺さま:千光寺道を降りて来て、傾斜地の中の僅かな平地に配置された天寧寺・三重塔(元々は五重塔だったとの事です)・・・素晴らしいですね~!
更には、そこからは少し下った場所に天寧寺・本堂がございました。あれ・・・同じ名前!?こんなに離れているのにどうして?
ここからはAIからの情報もupさせて下さいませ。
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| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 宗派 | 現在は曹洞宗 尾道七佛めぐり+4japan-geographic.tv+4尾道七佛めぐり+4 |
| 本尊 | 釈迦如来(釈迦牟尼仏) city.onomichi.hiroshima.jp+3japan-geographic.tv+3尾道七佛めぐり+3 |
| 創建 | 貞治6年(1367年) city.onomichi.hiroshima.jp+4尾道七佛めぐり+4japan-geographic.tv+4 |
| 創建発願・後援 | 尾道の人物「道円」による発願。足利義詮が尊氏の遺志を継いで寄進したという話。開山は普明国師(または春屋妙葩との説もあり) japan-geographic.tv+7尾道七佛めぐり+7japan-geographic.tv+7 |
| 初期伽藍規模 | 東西三町(約330メートル)を寺域とし、七堂伽藍を備えた大寺院であったという記録 city.onomichi.hiroshima.jp+5japan-geographic.tv+5尾道七佛めぐり+5 |
| 変遷・火災など | 江戸時代に雷火・火災でほとんどが焼失し、塔(海雲塔)は残されたが、その塔も上部が損なわれ、元禄5年(1692年)に三重塔へ改造されたという記録あり トラベル.co.jp+7hiroshima-bunka.jp+7japan-geographic.tv+7 |
| 宗派変遷 / 再興 | 元来は臨済宗の系統とされ、後に曹洞宗に転宗。再興を手がけたのは三原の宗光寺(住職・一雲椿堂)という説もある city.onomichi.hiroshima.jp+4 |
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創建当時は東西三町(約330メートル)を寺域とし、七堂伽藍を備えた大寺院であったとの事でして、壮大な建物だったのですね。
ちなみに”七堂伽藍”で検索をしてみました・・・・
七堂伽藍の主な構成要素
仏教一般:
金堂、講堂、塔、鐘楼、経蔵、僧坊、食堂を指すことが多いです。
禅宗:
仏殿、法堂、僧堂、庫裏、山門(三門)、浴室、東司(便所)などが挙げられます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 宗派 | 時宗(じしゅう) 毎日新聞+4おのなび+4〖公式〗広島の観光・旅行情報サイト Dive! Hiroshima+4 |
| 本尊 | 阿弥陀如来(阿弥陀) おのなび+3アメーバブログ(アメブロ)+3アメーバブログ(アメブロ)+3 |
| 創建 | 貞治4年(1365年)とされる説が主流 毎日新聞+3〖公式〗広島の観光・旅行情報サイト Dive! Hiroshima+3コトバンク+3 |
| 初期開基 | 慈観上人(じかんしょうにん)という名が伝えられています。 毎日新聞+3おのなび+3〖公式〗広島の観光・旅行情報サイト Dive! Hiroshima+3 |
| 移転・再建 | 元は栗原村(くりはら村)に創建されたとの説もあり、元和8年(1622年)に現在地に移転・再建されたとする記録があります。 毎日新聞+3コトバンク+3〖公式〗広島の観光・旅行情報サイト Dive! Hiroshima+3 |
| 本堂再建 | 天保の大飢饉(天保の飢饉、19世紀前半)時に、尾道の町年寄(まちとしより・町役人)であった橋本竹下が救済事業として困窮者を工事に使い、本堂を再建したという伝承があります。 コトバンク+3〖公式〗広島の観光・旅行情報サイト Dive! Hiroshima+3アメーバブログ(アメブロ)+3 |
| 囲碁との関係 | 本堂再建を記念して、本因坊秀策(囲碁史上著名な棋士)と岸本左一郎の対局がこの寺で行われたという逸話が伝えられています(幕末期)。 アメーバブログ(アメブロ)+2hiroshima-bunka.jp+2 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 宗派 | 真言宗 醍醐派(真言宗系) daigo.ne.jp+3saikokuji.jp+3尾道七佛めぐり+3 |
| 本尊 | 薬師瑠璃光如来(薬師如来) saikokuji.jp+2daigo.ne.jp+2 |
| 創建 | 天平年間(729年〜749年)と伝わる(行基菩薩開創伝承) daigo.ne.jp+3saikokuji.jp+3ウィキペディア+3 |
| 開山伝承 | 行基が巡行中に加茂明神の霊夢を得、当地に開山したという伝承が語られます。 ウィキペディア+3saikokuji.jp+3尾道七佛めぐり+3 |
| 焼失・復興 | 1066年に本堂が炎上し、本尊も焼失したという記録があります。これを受け、1081年(永保元年)に白河天皇の勅命により再建されたという伝承。 日本遺産尾道市公式WEBサイト+3saikokuji.jp+3ウィキペディア+3 |
| 寺号と規模 | 「西国一の寺」と称されるほどの規模を誇っていたという由来があります。 sparkle.travel+4saikokuji.jp+4daigo.ne.jp+4 |
| 境内構造・文化財 | 108段の石段、朱塗りの金堂、三重塔、仁王門、大方丈、持仏堂、不動堂、などが境内に配されており、金堂・三重塔は重要文化財に指定されています。 sparkle.travel+4日本遺産尾道市公式WEBサイト+4daigo.ne.jp+4 |
| 僧継承・法燈 | 治暦2年の炎上後、正和元年には花園天皇より綸旨を賜ったとの記録もあります。 daigo.ne.jp+2saikokuji.jp+2 |
| 土地・境内面積 | 境内平地面積は 15,700 平方メートルに及ぶとの記述もあります。 daigo.ne.jp+1 |
西國寺の伽藍が「正に西国一の寺」と呼ばれるのは、単に大きさだけでなく、傾斜地を生かした配置、門・石段・堂宇の階層構造、景観との調和といった要素が絡んでいる可能性があります。
仁王門に奉納された大草履や、108段石段を登った先の金堂・三重塔の眺めは、訪れる人に格式と迫力を感じさせる構成になっています。 ウィキペディア+4saikokuji.jp+4日本遺産尾道市公式WEBサイト+4
また、密教的要素(持仏堂・不動堂などが存在)を備えること、さらには江戸期以降にも維持・修理がなされてきた歴史を持つ点も、建築の“重み”を支える背景と考えられます。